サッカーの王様と呼ばれた史上最高の選手の1人、ペレ。2022年12月29日 、多臓器不全により亡くなりました。82歳でした。
17歳でワールドカップに初出場。通算4度出場し3回優勝という、前人未到の記録を持つペレ。背番号10は彼が身につけたことで、サッカー選手にとってあこがれの数字となりました。試合中の選手交代や警告・退場といった制度も、ペレがきっかけと言われています。
現代サッカーへの様々な影響を及ぼした、この偉大な選手について簡単にまとめます。
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ペレのプレーの魅力
ペレはサッカーの神様と呼ばれがちですが、サッカーの王様キングペレが彼の二つ名です。さて、ペレのプレーについては、まずはこちらの動画をご覧ください。
とにかくバランスが良く、転ばないペレ。一方で、上手いけど割と地味。そんなに凄いプレーはしていない。そう思った方もいるのではないでしょうか。
これは、主に2つ理由があります。
1つは、ペレのボディバランスを含めた総合的な能力が、極めて優れていることに由来します。2つ目に両足を遜色なく使えてプレー判断が良く、相手が触れない場所にボールを置くことができます。単純にスピードもあるため、相手選手は無理して追いつく必要があり、バランスを崩しながらの対応になる事もあります。
これらが合わさることで、ペレは難しい技を使わずとも、相手を抜き去ってしまいます。ペレのプレーが地味に見える理由の一つです。
ちなみにペレはゴールキーパーとしてプレーしたこともあるそうで、その類まれな運動能力が伺えます。
ペレのテクニック
上手いけど地味に見えてしまうもう1つの理由として、ペレの技術が後の選手達に多くの影響を与えているという点もあるでしょう。
例えば1958年ワールドカップ決勝では、浮き玉で相手をかわすシャペウという技からゴールを決めています。この技自体は60年が経過した今となっては、サッカーファンにとって見慣れた技になっています。
オーバーヘッドキックもペレの代名詞の1つです。ペレは映画「勝利への脱出」(主演:シルヴェスター・スタローン)に出演した際も、オーバーヘッドキックを披露しています。
ペレを真似して練習した当時のサッカー選手や子供たちがこのテクニックを披露し、それを見た人がまた真似をする。こうして技術が受け継がれ、改良されてていったことでペレの技は今では見慣れた技、当たり前の動きとして見えてしまうのだと思います。
ペレの現代サッカーへの影響について
ペレの影響はテクニックに留まりません。
1966年当時のワールドカップは選手交代が無く、怪我人が出た場合は数的不利のまま試合が続きました。ペレは敵の悪質なファールを受け、負傷退場。ブラジルはグループステージ敗退となりました。
これを機に、1970年ワールドカップでは悪質なファールに対するイエローカードとレッドカードを制定。負傷者が出た際の選手交代も、ルールに加わりました。
また、ペレはその人気を活かして世界ツアーを行い各地で試合を実施。自らの名声を活かしたビジネスにも取り組みました。これも現代のサッカー界ではよくある話ですが、ペレが先駆者と言えます。
世界ツアーでは紛争状態のコンゴ、内戦中のナイジェリアがペレのプレーを見るために一時休戦したという、世界的な人気を証明する出来事もありました。
最後に
以上、サッカーの王様 ペレについてまとめました。
ピッチの内外において現代サッカーの枠組みを作った、開拓者にしてスーパースター。その影響力は世界中に及びました。単純な選手としての活躍なら、今後ペレを超える選手が出てきてもおかしくはありません。あるいは、メッシが既に超えていると考える人もいるでしょう。
しかし、ここまでサッカーというスポーツや、サッカー選手という職業のあり方に対して影響を与える人物は、今後はもう出てこないかもしれません。